僕が初めて写真を撮ったのは、7歳のときだった。両親は僕を記録に残すため、一台のデジタルカメラを購入した。銀色の、重たいキヤノン製カメラだったと思う。僕は機械好きの少年だったから、時間があるときはこのカメラをクローゼットから取り出し触っていた。お気に入りのぬいぐるみや、家事をする母親などを撮った。隣の県まで行き、離れて暮らす幼馴染を撮った。残念ながらその頃撮った写真は一枚も残っていない。
撮影行為を明確に意識し始めたのは、中学一年生の夏だった。理由はよく覚えていないが、僕は中学校に進学すると同時に写真部に入った。どこにでもあるようなフィルム式コンパクトカメラにコニカミノルタパンを詰めて、通学路の神社、バスに乗って訪れた神戸を撮った。夏休みが明けると、僕は顧問にベタ焼きを見せた。彼は「あまり上手くはないなぁ」とコメントした。その秋、僕は文化祭に一枚だけ写真を展示した。
中学二年生の冬、祖母宅から電話があった。「あんた学校で写真やっとるんじゃろう。うちに死んだ爺ちゃんが昔買うたカメラがあるけん、もろておいき。」僕はその次の日、隣町まで自転車をこいで祖母宅に行き、フィルム一眼レフカメラを譲り受けた。Nikon F3である。初めて使う一眼レフカメラに僕はしばらく難儀したけれども、使い方を覚えると、お気に入りのカメラになった。週末は一人で出かけ、公園の木を撮った。遠足があると、ふざけるクラスメイトを撮った。僕の写真は、顧問からは相変わらず不評だった。「テーマがよくわからない」――当の僕も、写真を撮るときにテーマを考えたことなどなかったし、アドバイスの真意を掴めなかった。
中学三年生の秋に、父がパチンコで大勝ちした。上機嫌な父は「おまえにカメラを買ってやろう」と言った。僕は好意に甘えてデジタル一眼レフカメラを買ってもらった。当時としてはNikon D5000は、並のコンパクトデジタルカメラと比べ画力に雲泥の差を有していたから、僕はすぐ気に入った。修学旅行では、F3とD5000を携えて九州に行った。長崎のめがね橋、ホテルから見える観覧車を撮った。旅行が終わると、撮った写真をクラスメイトに配布した。
その冬、写真部を退部した。ただ毎日モノクロプリントさせる写真部に楽しさを覚えられなくなった。プリントは忍耐力を要する。暗室に閉じこもって、印画紙に浮かび上がる像の様子をうかがい、適切な像が得られるまで何度も工程を繰り返す必要がある。毎日授業が終わると、僕はひとりで暗室にこもり作業した。もう2009年も終わりの12月下旬、数か月かけて300枚のプリントと数十本のフィルムを現像し終えた僕は、顧問に退部届を出した。写真は依然好きだったけれども、ただ写真部をやめたい感情にとらわれていた。
高校生になっても一年ほどは写真を続けていた。空いた時間に市の暗室で作業をしたこともあったが、そのうち面倒になってやめた。学年が上がると勉強が忙しくなり、撮影に充てられる時間は無くなった。高校では数えるほどしか写真を撮らなかった。
大学合格を機に、僕は上京した。荷物の中には、一眼レフカメラを忍ばせていた。これから見るものを、自分の記録に残そうと考えたからである。僕は写真サークルではなく、あえて旅サークルに入った。写真部をやめた反省もあったのだと思う。僕は写真を目的ではなく、手段として味わいたかった。週末は東京近郊を散歩し、長期休暇は日本各地を旅行するようになった。会う人々、気に入った光景を僕は撮った。見知らぬ土地でカメラを提げ注意深く対象を探す行為は、思いのほか僕の性格に適合した。
僕の撮影技術は未熟であるけれども、撮影態度において一つの手掛かりを得た。写真を撮る際、人であれ、物であれ、対象に敬意をもたなければならない。幼児のように瑞々しい感情を持ちながら撮影すること、これは魅力的な写真を撮るために僕が得た経験則のひとつである。対象を見逃してしまうのは、それに慣れてしまっているからである。相手の表情が硬くなるのは、相手を落ち着かせないものを自分が持っているからである。幼児はこの二点で大人に勝る。幼児には良くも悪くも経験がないから、新鮮な感情でものを見る。そのいたいけな姿は、周りの大人に愛しさを催す。曖昧で主観的なルールだが、僕はこれを意識するようになって以降、写真を褒められるようになった。
モチーフを見出すのは、自分の慣れた場所ほど難しいものだ。そこでは僕たちの常識が、幼児的な感情を阻害するからだ。しかし、優れたスナップショットには日常を描いたものが多くある。注目される写真を撮るには、素材と技術のどちらがより重要か。報道写真家にとっては素材であり、芸術写真家にとっては技術である。もちろんこの二つを持ち合わせた写真家も多くいる。
来週は僕の大学でも学祭がある。ここ最近写真を撮っていないことだし、カメラ片手に、少しキャンパスを歩いてみようか。
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