2016年9月11日日曜日

海生生物由来の天然化合物いろいろ

今週の月曜日から再び研究室生活が始まった。
最初の数日は、リハビリの意味を込めて自分の研究に関する先行論文何本かに目を通していた。
院試勉強を終えて論文が以前より若干読みやすくなった気がするけれども、依然わからないことばかりだ。
研究をより進めるためにはまだまだ勉強すべきことが多いと改めて感じていた。

木曜日に工学系研究科修士課程の合格発表があった。
僕は16時の合格発表より少し前に研究室を抜け出して、掲示板のある建物へ赴いた。
しばらく待っていると職員がパネルを置いたので、僕はさっそく受験した専攻の合格者を確認した。
自分の受験番号を見つけた。
そして、横には僕が第一希望で出した研究室名が併記されていた。
「もし落ちていたらどうしよう…」──院試が終わってからずっと続いていた緊張が一気に緩解した。
たった今、院試は無事に幕を閉じたのである。
自分よりずっと優秀な同期たちと同じ研究室に配属されて以来、彼らに置いて行かれまいと、自分にできる範囲内でこの半年頑張ってきたのだが、なんとか振り落とされずに済んだのだ。
掲示板の前にひしめく学科同期たちの間で僕は「よし、受かっていた!」とつぶやき、喜びをかみしめながらその場を立ち去った。

土曜日の午、は学内で開かれていたシンポジウムを聞きに行っていた。
講演者の一人は海生生物由来の天然物の研究で著名な上村大輔先生だった。
上村先生の代表的な業績の一つは猛毒パリトキシンの構造決定である。
パリトキシン (J. Am. Chem. Soc., 1982, 104, pp 7369–7371より引用)
分子量2680で、64個の不斉中心をもつ巨大分子パリトキシンだけれども、恐ろしいことにその全合成は1994年に岸義人先生らによって成し遂げられている(J. Am. Chem. Soc., 1994, 116, pp 11205–11206)。
ほか、上村先生らは62員環をもつ天然物シンビオジノライドの構造決定にも取り組んでおられるそうだ。
シンビオジノライド(J. Org. Chem., 2009, 74, pp 4797–4803より引用)
2007年に単離されたシンビオジノライドだが、その構造決定はいまだ進行中で、あと12個の炭素骨格について立体配置をこれから決めていく必要があるそうだ(つまり全合成はまだ達成されていない)。
上村先生の業績とは関係がないが、僕は研究室の論文紹介セミナーで天然化合物ヘミカライド(ヘミカリド)の構造決定に関するものをいくつか読んだことがある。
ヘミカライド(Org. Lett. 2015, 17, 2446−2449より引用)
ヘミカライドも海生生物由来の天然化合物だが、その大きさはシンビオジノライドの半分程度以下で立体中心は21個しかない(21個でも十分多いとは思うが)。
その構造決定は難航している。
部分合成と核磁気共鳴(NMR)分光法、振動円二色性(VCD)分光法、計算化学等、構造決定に関する様々な手法が駆使されているが、ヘミカライドは単離から7年ほど経った現在でまだ3分の1程度の立体配置が判明していない。
ヘミカライドの構造決定ですらかなりChallengingなのに、これまで上村先生らはパリトキシンの完全構造決定を成し遂げ、シンビオジノライドの構造決定に取り組んでおられるのだ。
一体どれだけ知恵と汗を振り絞ればこんな技巧的な分子の構造決定や全合成を成し遂げられるのか……院試を終えたばかりの学部生にはとても刺激的な話題だった。

天然由来の化合物は生理活性を持っていて、薬品への応用が期待されるだけに、その完全構造決定は肝要だ。
先ほど出てきた化合物だと、パリトキシンは猛毒だけれども、ヘミカライドは抗がん作用を持つとされ、このような物質から医薬品化学者が医薬候補品を合成する。
炭素骨格の立体配置が一つ違うだけで、薬が毒になることもある(日本だとサリドマイド薬害問題が有名だ)。
医薬候補天然物の発見から実際に薬が発売されるまでには、ふつう何十年もの期間を要する。
そのうち、構造決定のために費やされる時間はかなりの部分を占める。
天然化合物の構造決定は、一流の化学者をもってしても数年、場合によっては数十年かかるほど難しい仕事なのだ。
その期間を短くするべく、さまざまな人たちが研究を進めている。
(僕の卒論研究もそれと関連したものだが、まだそれについて語れるような段階ではないので、ここで紹介するのは後の機会にしたいと思う)

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